CM JOURNAL 2007年3月21日
独創的なブランドは広告も独創的。
タイヤのない車が宙に浮いている!
受け手の知性をくすぐる大人の広告。


 昨秋、日本で発売されたフランスのシトロエン『C6』の広告が2月23日よりスタートした。キャンペーンは新聞、Web、雑誌、チラシ、DMなどで展開しており 、ビジュアルでは商品の特性である油圧サスペンションシステムによるスムーズな乗り心地を”宙に浮いたタイヤのない車”で表現している。商品の特徴を伝 えるため、広告上に掲載する商品のデザインまで変えてしまったのはまさに歴史に残る斬新なもの。広告の製作者だけではなく、広告主自身にチャレンジ精神 がなければここまで革新的な広告は生まれないだろう。
 その広告のクリエイティブを担当したのがビーコン コミュニケーションズ(株)のアソシエイト・クリエイティブ・ディレクターの今井康仁氏。彼自身がシト ロエンを試乗し、実感した同ブランドの独自の技術であるハイドラクティブによる心地よさ、つまり”動にあらがう乗り心地”がこの広告が生まれるきっかけ をつくった。

 「この『C6』はフランスで発売された時点ですでに大きな話題になっていました。日本でも雑誌の表紙になり特集を組まれ、去年発売された「日本カー・オ ブ・ザ・イヤー」において「インポート・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど話題性には事欠かない車種だったのです。1955年に発売された初代『DS』 から始まり、51年間で4代のモデルチェンジを経て生まれた、これまでの傑作者のDNAを引き継ぐフラッグシップモデルでした」という今井氏。広告主と協議を 重ねながらこの広告が生まれるまでのいきさつなどについて聞いた。

-今回の日本発売にあたり企業側の戦略はどのようなものだったのですか?
 海外ではすでに発売されていた『C6』は、すでにモータージャーナリストから絶賛されるなど注目を集めていました。そんな中、起爆剤になるような事件性 のある、インパクトの強い広告を打つことで消費者の気持ちと化学反応を起こさせ、シトロエン・ブランドの復活を胸に刻みたい。そこで日本でのブランドの 認知向上のきっかけとなるための戦略について熟考しました。

-今井さんが提示したコミュニケーションの戦略は?
まずはシトロエンの復活を信じているコアなファン、そしてポテンシャルのある人に向けて思い切った事件性のあるユニークな広告を作りたいと考えました 。  シトロエンとしては十数年ぶりのフラッグシップのフルモデルチェンジですし、広告を見た人が素通りしてしまうようなものではなく、立ち止まって考えるようなものにしたかった。車自体は既に雑誌でもさんざん話題になっていましたから、広告は人々の注意を喚起し、シトロエンの思想や哲学、独創と革新を感 じ取られるものにすることでターゲットやポテンシャルユーザーの心を捉えたいと考えました。

-シトロエンは日本ではどのようなブランドとして捉えられていると思いますか?
 日本ではシトロエンはコアなファンが多く、他のブランドのユーザーとは属性が異なります。シトロエンを好む人はひけらかすことはせず、独自の価値観を 持ち、それを守るためならあえて世の中に対して逆を行くことも厭わないようなタイプ。例えばこの『C6』は価格帯はハイクラスですが、インテリアはあえて 極限でシンプルな作りになっています。リア・ウィンドウの形が他の車とは逆型に芸術的なカーブを描いていたり、タコメーターがシンプルで小さかったり。 そういうこだわりから生まれた他人との違いを、楽しめるような孤高の人とも言うべき方々から支持を得ていると思います。

-それにしても、タイヤのない車をモチーフとするなんて、本当に驚きます。
 
シトロエンの広告は歴史的にみても独創的なことで知られています。ブランドの独創性が広告にも反映されているのです。車は店頭に来てもらって、乗っても らうことが大きな課題です。今回の企画でも広告を見た人が、「この車いいな」ではなく「この車、ユニークだな、乗ってみたい!」と思うよう力を注ぎまし た。タイヤのない車を広告のビジュアルに使用することリスクを伴うチャレンジでした。でも『C6』の持つ突き抜けた個性をアピールするためには、タイヤを とることによって生まれる効果のほうが大きいと思ったのです。2〜3週間タイヤのない表現をチームで一丸となり追及し、どういう表現がベストかを話し合 っていきました。

-そこで最終的にクライアントがOKを出した時はどんなお気持ちでした?
 それはもう、チーム全員で喜びでいっぱいでした。僕個人としても今までで最高の喜びでしたね。営業担当からも「9割方は難しいかもしれない」と言われて いたのですが最後まで諦めなかった。最終プレゼンでは「タイヤをつけたら広告の前は素通りされてしまうでしょう。でも、タイヤを無くすことで消費者を振 り返らせることが出来ます」と話しました。タイヤの表現についてはクライアントの方でもう一度検討されることになり、僕の携帯の番号を聞かれました。僕 はその電話番号を書いたメモにも「シトロエンは広告も独創的!」と書き添えて渡しました。もう全てをやりきった気がしました。スタッフみんなもそうです が、たとえ受け入れられなかったとしても思い残すことはないくらい、がんばったからです。

-そうしたら、電話がかかってきた?
 そう。金曜日の夜10時頃です。ちょうどそのときアカウントスーパーバイザーとして一緒にやってくれていた宇田川直と一緒にいたのですが、「タイヤがな くても美しく見えるようにディテールを工夫して欲しい」と言われました。本当に嬉しかった。その後ADの後藤純と一週間かけてベストな表現を追及していき ました。

-つまりブランドへの意思が表れた広告ということですよね。
 『C6』の誕生は、世界的にも大きなニュースであったし、それ程センセーショナルなことでもあった。消費者は「シトロエンは次に何をやってくれるのか」 を期待していますから、そこを裏切ることなく、インテリジェントでインパクトのある広告を発信していかなければならない。哲学的な表現こそ、シトロエン らしさであるし、それがシトロエンの広告であると信じています。 -コピー「異次元へ。」もぴったりですね。

 当初は「しなやかな乗り心地」と、十数年ぶりにフルモデルチェンジしたその存在自体を「事件」にするようなコピーを考えていましたが、コピーライター の坂本陽児と広告のインパクトを追及していくうちに進化していきました。このコピーは車の既成概念にとらわれない、他車とは全く異なるシトロエンの思想 や哲学を表現しています。ビジュアルの背景には、ブラジルの建築家オスカー・ニー・マイヤーが手がけた未来的な建築物を描き別次元空間を演出しています 。

-その他の表現上の工夫は?
 時間が限られていましたが、シトロエンのグローバルのご担当者の協力を得て、世界中のカタログや写真の素材の中から最適なものを選び出し、後藤と一緒 にアマナでデジタル処理を施しました。タイヤがあったところを単純に埋めてしまうと未来カーのようになってしまうので、インテリジェントで崇高なものに 見えるようにクオリティーを高めていきました。 -Webもあるそうですが。  新聞や雑誌広告で興味を持っていただいた消費者の方への受け皿として用意しました。シトロエン・ブランドのアウェアネスの向上と、『C6』の独創性をタ ーゲットの方はもちろん、幅広い年齢層にもアピールできるよう構築しています。各界の達人が車を運転しながら感想を話す様子を映像配信することで、広告 のキービジュアルで表現している滑らかな滑走感に説得力を加えています。

 このブランドは、どちらかといえばロングテールでコアのファンを大切にしながら少しずつパイを広げていくタイプだと思うので、単なるデザイン性だけで なく、もっと精神的に近い思想を構築していくことを理解とします。シトロエンには『Art de vivre』=生活のアートという思想がブランドの根底にあります。 この信条はとてもすてきなものだと思うし、きっと今の日本の人に受け入れられるものと思っています。

credits:
広告会社/ビーコン コミュニケーションズ CD+PL/今井康仁 AD/後藤純、松原康雄 C/坂本陽児 D/川口貴弘(タックデザイン) CG dir/上見佳史(amana) CG pr/森洋平(amana) 広告会社/ビーコン コミュニケーションズ 制作会社/フォーム・プロセス CD+PL/今井康仁 C/坂本陽児 AD/鈴木大栄 WEB dir/八木崇晶 D/栗原圭吾(フォーム・プロセス) MOVIE/鶴林克輝 agpr/久保田留実 edit/塩治友季子